SESで「誰も助けてくれない」と感じた話|自己責任だけでは片付けられない現実

SESの悩み

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SESとして働いていると、
「結局、自分のことは自分で何とかするしかないのか…」
と思う瞬間があります。

周囲に人がいないわけではありません。
営業担当もいるし、現場のリーダーもいる。

それでも、苦しくなった時に孤独を感じることがありました。

今回は、私がSES時代に感じていた「誰も助けてくれない感覚」について書いてみます。


明らかに余裕がなくなっていた時期

以前いた常駐先で、かなり疲弊していた時期がありました。

毎日ピリピリした空気が流れていて、質問するだけでも気を遣う。
仕事が終わる頃には、ぐったりしている日が続いていました。

当時の私は、

  • 会話量がかなり減っていた
  • 常に疲れた顔をしていた
  • 周囲との雑談にも入れなくなっていた

そんな状態だったと思います。

でも、不思議なくらい誰からも声は掛かりませんでした。

今振り返ると、周囲も余裕がなかったんだと思います。
誰かを気に掛ける余力が、職場全体から消えていたのかもしれません。


SESは「フォロー役」が曖昧になりやすい

SESって、立場が少し特殊です。

常駐先の社員ではない。
でも、仕事は同じように求められる。

そのせいか、
「この人のケアは誰がするのか」
が曖昧になりやすいと感じていました。

常駐先から見ると、こちらは外部の人間。
一方でSES企業側は、普段の空気までは見えません。

だから、問題が起きても、

  • 常駐先が対応すると思っている
  • SES企業側がフォローすると思っている
  • 本人から相談が来る前提になっている

そんなふうに、責任の境界がぼやけることがあります。

その結果、苦しんでいても、誰にも拾われないまま時間だけが過ぎていく。

これはSES特有のつらさのひとつだと思っています。


「相談してください」は簡単でも、相談する側は難しい

営業担当から、
「何かあったらいつでも相談してくださいね」
と言われたことがあります。

その言葉自体はありがたかったです。

でも、追い詰められている時ほど、人はうまく相談できなくなります。

  • 迷惑を掛けるかもしれない
  • 自分が弱いだけではないか
  • まだ耐えられる範囲かもしれない

そんなことばかり考えてしまう。

しかも、一度「もう少し様子を見ましょう」と言われた経験があると、さらに口を開きづらくなる。

相談先が存在することと、安心して頼れることは、別の話なんだと思います。


「助けてもらえる前提」をやめた頃から少し楽になった

少し寂しい考え方かもしれません。

でも私は途中から、
「誰かが助けてくれる」
ことを前提にしないようになりました。

期待してしまうと、助けてもらえなかった時にかなり苦しくなる。

だったら、

  • 無理そうなら早めに距離を取る
  • 限界が来る前に環境を変える
  • 心身が壊れる前に逃げる

くらいの意識でいた方が、自分には合っていました。

本来は、もっと助け合える職場の方が健全だと思います。

ただ現実には、全員が余裕を失っている環境も少なくありません。

だからこそ、「最後は自分を守る」という視点も必要なんだと、今は考えています。


まとめ

SESとして働いていると、
「誰も助けてくれない」
と感じることがあります。

でもそれは、あなたに価値がないからではありません。

  • 立場が曖昧になりやすい
  • 周囲も余裕を失っている
  • フォロー体制が弱い

そういう構造的な問題もかなり大きいと思います。

もちろん、助けを求めることは大切です。

ただ、限界まで耐え続ける前に、自分を守る選択をしていい。
私は今、そう考えています。


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