「常識」を問われる瞬間
「常識」とは何でしょうか。
私は過去に、とあるステークホルダーの発言の解釈を巡って、出向先のチームリーダーから、
「あなたは常識がないね」
「そんな考え方をする人とはこれから一緒に仕事をやっていけない」
と強い口調で叱咤されたことがあります。
もし同じような経験をされた方がいたら、このお話がその方の肩の荷を少しでも下ろせる一助になればと思います。
解釈のすれ違いが人格否定にまで発展
その現場では、ステークホルダーから届いた文章の解釈について、私とチームリーダーで認識が割れました。
「いいや、こういう場合はこう捉えるのが普通でしょう」
「そうでしょうか、私はこういう意図だと思います。」
1つの文章に複数の解釈ができるということは、よくあることです。
「本当の意図をステークホルダーに確認した方がよいと思います。」
そう私が進言したところ、チームリーダーの発言は「議論」から「人格否定」へと変わっていきます。
「君は常識がない」
「どう捉えたらそんな解釈になるのか」
「自分の解釈で絶対に合っている、何故それがわからない?」
私はSES、つまり出向者であり、相手は単価を払って頂く契約先企業の人間。
相手に歯向かっていいことはありません。
私は平謝りして、なんとかチームリーダーの怒りを収めることができました。
正直な話、目上の人からの人格否定混じりの叱咤を受け続け、どっと疲れたのを覚えています。
結果的には、私の解釈が正しかった
その後、打ち合わせでステークホルダーと私のチームが顔を合わせるタイミングがありました。
リーダーは
「こんな当たり前のことを確認して申し訳ないのですが…
以前おっしゃっていたこの件は、こういう意図で合っていますよね?」
とステークホルダー本人へ確認を取りました。
すると、ステークホルダーから
「いいえ、そうではなく…」
と否定の回答が返ってきました。
そう、なんと私の方が正しい解釈をしていたのです。
打合せの翌日、チーム内の打合せで、チームリーダーからは軽く謝罪がありました。
でも、その時に私が感じたのは、
勧善懲悪めいた勝利の余韻などではありません。
むしろ、
「私がここまで強く否定される必要はあったのか…?」
という気持ちでした。
「常識」は人によって違う
もちろん、社会人として最低限のマナーやルールはあります。
でも仕事の現場では、
- 業界
- 会社
- チーム
- 経験
によって、“当たり前”がかなり変わります。
だから本来は「なぜそう考えたのか」を確認する方が建設的です。
「常識で考えれば分かる」「普通はこうだ」
そんな曖昧な言葉で議論を止めてしまうことは危険ですし、
何より相手を萎縮させ、発言の機会を失わせてしまいます。
思い込みが強い人と働く怖さ
自分の常識を疑わない、疑えない人というのは、共に働く相手としてとても危険です。
そういう人は、自信が強い分、間違えた時に周囲へのダメージも大きい。
しかも本人は、正しいことを言っていると思っているケースも多いです。
だから話が通じなくなる。
このような人の近くにいると、仕事面だけじゃなく、人間関係面でかなり消耗することになります。
「正しさ」より大事なものもある
私は過去に、自分の正しさを証明したいと思って働いていた時期がありました。
でも今は「心身ともに健全に働けること」の方が大事だと考えます。
正しさを武器に社会を生き抜こうとしても、立場柄、その正しさが通じない環境があります。
- 毎日強く否定される
- 萎縮する
- 常に顔色をうかがう
そんな環境では、どんなに正しさを持っていても人の心は壊れていきます。
精神的な余裕を持つことって、本当に大事です。
まとめ
仕事をしていると、「常識」という言葉をぶつけられることがあります。
でも、その「常識」には「その人の思い込み」が混ざっているケースも少なくありません。
もちろん、自分が間違えることもあります。
ただ、
「絶対に自分が正しい」
という態度で相手を追い詰める人とは、距離を取ることも大事だと思います。
誠実に働くことは大切なことです。
でも、自分の心を削り続けてまで正当化しなくていいと、私は思います。
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